ほたてがい【ほたて・ホタテ】についてめっちゃ詳しく紹介
以下の情報はシリーズ実験動物紹介「ホタテガイ」を引用しております
ホタテについて詳しく紹介!
基本情報
和名 ホタテガイ
英語名 Japanese scallop、Yesso scallop、Giant Ezo scallop
学名 Mizuhopecten yessoensis
生息地 オホーツク海、北海道、東北地方の日本海および太平洋沿岸
生物としてのホタテ
1.発見と分類
ホタテガイは、軟体動物門 - 二枚貝綱 - 翼形亜綱 - イタヤガイ科の Mizuhopecten 属に分類される。
1854年に Perry の率いるアメリカ艦隊が来航した際に函館から本種をもち帰り、Jay により Pecten yessoensis として1856年に新種記載された。
その後 Dall が Pecten 属の亜属として Patinopecten 属を新たに設け、本種もこれに属することから Patinopecten yessoensis となった。
ラテン語で patino は「皿」、pecten は「櫛」、yessoensis は「蝦夷の」をそれぞれ意味する。
さらに1963年、増田は日本産の本種が北米産の Patinopecten yessoensis とは別系統であることを示し、Mizuhopecten 属を新設した
。その後1977年、波部が本亜種名を学名として採用し、本種はMizuhopecten yessoensis とされた1)。
本亜属名は日本が昔、瑞穂(みずほ)の国と呼ばれていたことに由来する。
2.形態的、生理的特徴
扇型の一対の殻を有し、殻長15cm 以上にまで成長する比較的大型の二枚貝である。
扁平な左殻、膨らみのある右殻が合わさり、右殻を下にして浅海の砂底に生息する。
高温に耐性が低く低温には高い寒冷海洋性である。
至適海水温は5~20℃の冷水であり、高温限界は22~23℃とされている2)。
本種の内臓器官はそれぞれが形態的に独立しており、貝殻を開け軟体部を露出させることで各器官が簡単に識別可能である。
また本種は雄性先熟で雌雄異体であり、繁殖期であれば生殖巣を外部観察するだけで性成熟度と個体の性別を容易に判別できる(図1)。
繁殖期は地域による差異もあるが概ね3~4月前後で、自然分布域はロシアのカムチャツカ半島、千島列島、サハリン、日本の北海道、東北地方、朝鮮半島北部などである。
養殖による産業的分布は北海道オホーツク沿岸、噴火湾、青森県の陸奥湾、宮城県、岩手県である2)。
3.水産生物としての特徴
水産物として広く流通する本種は、主に地まき放流または垂下養殖により生産されたものであり、2~5歳齢の成貝が主である。
殻と中腸腺以外のほぼ全てが可食部であり、特に貝柱(閉殻筋)とヒモ(外套膜)は美味であることから市場価値も高い。
殻付きで生きたまま流通する活貝や、軟体部のボイルや乾物など工品として消費される。特にアジア諸外国におけるホタテガイ需要の高まりから輸出量も上昇している。
また近年、ホタテガイの斃死が多くの生産地で起こり問題視されているが、明確な理由の解明には至っていない。
これら需要の高まりと生産量減少の影響から、現在その単価が上昇している
(数年前まで150~250円 / 枚であったが、現在はその倍以上となっている)。
研究生物としてのホタテ
1.入手方法
一般的に入手可能なホタテガイは、水産物として流通している出荷サイズの成貝であり、そのほとんどは殻長12~13 cm 前後の2~3歳齢である。
成貝は1年を通して入手可能であるが、垂下養殖の開始時期である12~1月と、その後の成長する5月までは品薄となり、やや入手しづらい。
また、わずかではあるものの、中間育成を終えた殻長4~5 cm 前後の稚貝(ベビーホタテ)も養殖用種苗としての利用が一段落した2~4月頃に入手可能である。
私たちが実験に扱う際は、
- 宮城県沿岸の漁業者から直接購入
- 地元の鮮魚店や魚市場で購入
- 青森県の販売業者の通信販売で購入
など種々の入手経路でホタテガイを調達している。
したがって著者らは宮城県産(北海道産の種苗を垂下養殖)と青森県産のホタテガイを各種実験に使用しているが、その遺伝的な集団間の差異はエクソームに関してはほぼ無いと感じている。
2.分子生物学におけるホタテの利点
次世代シーケンシング技術の発展により、すでに数多くのリードデータが SRA ファイルとして寄託され公開されている(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/sra)。
本研究でも、ホタテガイの神経節と生殖巣を用いた de novoトランスクリプトーム解析を実施し、良好な結果を得ている。
さらに近年、中国海洋大学等の研究グループにより本種のゲノム配列が解読されたことでその多くの遺伝子情報が利用可能となった。
これにより現在では、リファレンスゲノムへのマッピング等、モデル生物のような発現解析も実施可能となっている。
今後はこれらの遺伝子情報を活かし、遺伝育種やゲノム編集等の遺伝子工学的アプローチを本種に適用することで新たな研究分野の展開が期待される。
3.内分泌学におけるホタテの利点
前述のとおり、ホタテガイの内臓器官は明瞭に区別することが可能であることから、各組織を別々に単離することが容易である。
したがって組織別の発現解析や3)、特定の組織に対する生理活性物質の影響を解析するような組織培養実験に利用できるメリットが挙げられる4)。
また、内分泌学を研究する上で脳は重要な研究対象となる器官であるが、脊椎動物の脳に相当する器官となる中枢神経系は、軟体動物の場合3つに大別され、頭部神経節、内臓神経節、足部神経節として区別される。
このうち多くの二枚貝類では、頭部と足部が癒合した頭部・足部神経節と内臓神経節の2つが存在し、ホタテガイでは両神経節を明瞭に観察できる(図2)。
さらに神経節を解剖によって摘出できることから、神経節からのペプチドタンパク質の質量分析による同定や5)、神経節におけるトランスクリプトーム解析等3)、組織の量や純粋な組織の摘出が必要な実験に適した形態的な利点を有している。
4.繁殖生理学における利点
本種は稀に生殖巣がモザイク状の雌雄同体も出現するが、基本的には完全な雌雄異体種である。
これに対し、近縁種のアメリカイタヤガイ baycallop(Argopectenirradians)は、非常に似た外部形態であるものの雌雄同体であり、1つの生殖巣が精巣と卵巣で構成されている。
このことから考えても、本種には性分化と性転換を制御する機構が備わっており、海産無脊椎動物の性分化を研究する上で非常に便利なモデル生物になると著者らは考えている。
また二枚貝の多くは雄性先熟という性成熟様式をとり、ホタテガイも同様であるといわれている。正確には初回成熟時にその全てはオスとして性分化し、わずかに機能的な精子を産生する。
そしてその翌年の繁殖期には、一部のオスがメスに性転換すると考えられている。またこれまで、カキやホタテガイでは餌料環境が好条件である場合はメスの出現率が上昇することが報告されているものの、性転換のトリガーや性転換機構については依然未解明である。
ほたての飼育方法
1.海面飼育(垂下養殖法)
稚貝(1歳齢)および成貝(2歳齢)は養殖生産の場合と同様、海面に垂下状態で維持し、無給餌飼育が可能である。
垂下の方法は様々だが、丸篭やパールネット等のナイロン製の養殖篭に貝を収容し、水面下5m 以深の海況が穏やかな海域に垂下する。
収容枚数が多く過密状態になると貝が噛み付き合い、お互いの軟体部組織を傷つけることで、出血や斃死が起こることから、収容枚数は空間的に十分な余裕をもたせことが重要である。
2.ラボ内飼育
海水を十分に利用できる環境に無いラボ内で飼育する際は、90 cm アクリル水槽に一般的な観賞魚用の上部濾過システムと投げ込み式の冷却器を設置し、一時的な水槽飼育を行っている(図3)。
飼育水にはインスタントオーシャン(アクアリウムシステムズ)等を購入し、脱塩素水に溶解することで人工海水を作製し、季節や実験内容に合わせ水温10~15℃で飼育している。
特に夏季は室内温度が高温になることから、冷却器や濾過槽に結露が生じることで飼育海水の塩濃度が低下してしまう。
これを防ぐために、飼育室内のエアコンも併用し室温の上昇を防いでいる。
繁殖期の個体を飼育する際は、温度変化が刺激となって放卵放精が水槽内で起こる場合があり、放出された大量の配偶子が水質悪化を引き起こすことから注意が必要である。
また、生きたホタテガイを水槽に投入した直後は、輸送や温度変化のストレスから、多量の粘液や排泄物等を放出して水質の悪化を招く。
これに対し、著者は最近、海水魚飼育用のプロテインスキマー(海道達磨、神畑養魚)を上記の水槽に追加設置し、ホタテガイ投入後の急激な水質の悪化を緩和させている。また、給餌が必要な場合には、キートセロス濃縮冷蔵タイプ(ヤンマーマリンファーム)等の生物餌料や二枚貝育成配合飼料 M-1(日本農産工業)の利用が可能である。
ホタテガイを用いたこれまでの研究
本研究室では、近年の環境変動、疾病、生態系の激変により資源量の減少が危惧されている二枚貝類に対し、その資源量の維持と安定した養殖生産を持続するために、新たな人工種苗生産技法の確立を目標とし、神経内分泌が司る生殖機構の解明を目指した研究を行っている。
したがって、配偶子形成と性成熟をコントロールしている分子に着目し、それらを応用した種苗生産技術の開発を模索している。現在、特に注目しているのは、脊椎動物における生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)の祖先分子である8)。
これまでに著者らは GnRH 様ペプチドとその遺伝子をホタテガイから単離、同定することに成功している5, 7)。さらにこのホタテガイ GnRH 様ペプチドを合成して個体に投与すると、殖巣発達において性特異的な影響をおよぼすことが示唆されている6)。
また本遺伝子ホモログを様々な水産上有用二枚貝類からすでに多数同定しており、ホタテガイにおける GnRH 様ペプチドの機能解明を足がかりにすることで、他の有用二枚貝類の種苗生産技術の効率化に応用できる技術の開発につなげていくことを目指している。
参考文献
引用元:シリーズ実験動物紹介「ホタテガイ」
長澤一衛、尾定誠(東北大学農学研究科)
1 ) Shumway S.E., and Parsons G.J., eds. Scallops: Biology,
Ecology, Aquaculture, and Fisheries. Vol. 40. Elsevier,
Amsterdam, Netherlands, (2016).
2 ) 丸邦義,小坂善信.ホタテガイ 水産増養殖システム3
貝類・甲殻類・ウニ類・藻類(森勝義 編),恒星社厚生閣,
pp131-170 (2005).
3 ) Nagasawa K, et al. Agri Gene, 3, 46-56 (2017).
4 ) Nakamura S, et al. Mol Reprod Dev, 74, 108-115 (2007).
5 ) Nagasawa K, et al., Peptides, 71, 202-210 (2015).
6 ) Nagasawa K, et al., PLoS One 10, e0129571 (2015).
7 ) Treen N, et al., Gen Comp Endcrinol, 176, 167-172
(2012).
8 ) Osada M and Treen N, Gen Comp Endcrinol, 181, 254-
258 (2013)